1月 正月、南アフリカへ旅行。本拠を香港に移し、コンベンション・プラザのアパートに住む。
・「
THE21」誌で「太平洋は地中海」 の連載を始める(946月号まで)。

「プレジデント」誌でインタビュー談話「世間が総弱気になればUターンするとみてよい」、「今はほかのことは何も考えずに貯金を下ろしてきて株を買うときです」を発表する。

・「オール生活」誌で「足りない、足りない人手が足りない」の連載を始める(平成56月まで)

23日 日本経済新聞社から金持ちのアキレス腱を刊行する

215日 中央公論社から『嫉妬の世の中どう生きる』を刊行する。

3月 『文藝春秋』誌にだから私は香港に移住したを発表する(のちに『日本脱出のすすめ』に収録)。シアトル滞在中に日本のダウが2万円を割り込んだことを知る。
21日 
実業之日本社から「邱永漢ベストシリ-ズ8」、『いま、波に乗る財産づくり-小さなお金で大きな望みを刊行する。
4月 「Agora」誌で「電卓と二人連れ」の連載を始める(94年4月まで)。

・「新型老人見つけた」をダイエー社内報「月間PS」に発表(平成4年3月号まで)。
・台湾の実業家
102名を連れ中国に行き、上海、天津、北京を視察。日本の実業家80名を連れ、上海、天津、北京を視察。(日本からの第1回中国投資考察旅行)。

5月 「日本の景気恢復は一年遅れるであろう」と当初の予測を訂正する。
612 日 
「週刊ポスト」が日本の実業家を連れた中国投資視察旅行の風景を伝える記事を「邱永漢中国で10倍儲ける」と題して掲載する。

19日 「週刊ポスト」が「上海につづいて天津保税区で2万平方メートル倉庫を経営する」を掲載する 。

7月 『実業の日本』に「日本にいてはアジアが見えない」を発表する(のちに「日本脱出のすすめ」に収録)。
9日 SAPIO』に「ビジネスマン諸君、ボーナスも少ないかもしれないが株も安い」を発表する。

8月 日本の事業家、投資家を連れ第2回中国投資旅行で上海、天津、北京を視察する。

93日 PHP研究所から『人財論-お金儲け、次の着眼点はこれだ』を刊行する。
・台湾の実業家
80人を連れ四川省の成都、重慶、宣昌、武漢を視察。合肥市長の鐘氏から、武漢に向かう観光船の中で合肥市の投資説明会を受ける。

10  25日、グラフ社から『生きている意味』を刊行する
『プレジデント』誌でインタビュー記事「株は自分のお金で買うのが原則。たとえ下がっても自分だけ我慢すればよい」を発表する。

11月 『婦人公論』誌で 「香港発・娘への手紙」の 連載を始める(1994年4月まで)。
『中央公論』で「中国人と日本人」の連載を始める(19931月および3月も)。

12月 Next』誌で「中国経済は『あと10年で10倍』の規模になる」を発表する(のち『日本脱出のすすめ』に収録)。
 28日、成都に入り、成都市とショッピング・モール建設のため成都の紅星路に4千坪の土地を買う契約を結ぶ。
・この年、ゴルフをおぼえる。
成都にショッピング・センターをつくりキイ・テナントとして、イトーヨーカ堂を誘致(要確認)

・この年エッセイを掲載する『思い思いのホテル思い―各界著名人のホテル・エッセイ― 』を社団法人日本ホテル協会が刊行する。

 (出典 邱永漢著『バブルの後の物語』。同著『日本脱出のすすめ』)

(社会の動き)

1月 鄧小平がシンセン、珠海の視察を終え、上海で「南巡講話」を発表。
3月 経済企画庁「景気後退」を宣言。 東証平均株価2万円を割る。

7月 香港政庁総督にパッテン就任。

8月 東証平均株価14,309円41銭を記録する。
14日、政府107000億円の総合経済対策を決定。大蔵省、金融システム安定のための緊急対策を発表。

107日、パッテン総督「次なる5年」と題する施政方針演説。民主化促進のための選挙制度改革案を提案。12日中国第14回大会。江沢民・李鵬体制を追認。 

 


1月「日本の不景気はもう始まっている」と繰り返し警告する。
・「人財論」を「NEXT」に連載(平成4年8月号まで)。
・18日 インタビュー談話「これからの金儲けは香港で読め」を「週刊ポスト」に発表。
2月22日 「企業家誕生-40歳からでは遅すぎる」をPHP研究所から刊行する。1300円。
3月 インタビュー談話「アメリカは大不況へ向かう-今度の不況を境に世界経済の“アメリカ離れ”が進む」を「Voice」に発表。
15日 ◆ヤオハン・インターナショナル代表和田一夫との対談「香港マグドナルドの浸透力にヒントあり」を「週刊ポスト」に発表。22日 ◆世界で初めて心臓外科手術を行い、スイス・レマン湖畔で若返りの治療を行っているバーナード・クリスチャンとの対談「ニッポン高齢化社会のいまこそ求められる『老いの贅沢』」を「週刊ポスト」に発表。
41日 「アジアの“脱アメリカ”が進む」を「ビジネスボイス春季号」に発表。
  15日 エッセンス本「邱永漢経済学のエッセンス」をグラフ社から刊行する。
6月 「みんな年をとる」を「スポーツニッポン」に連載(平成5年2月まで)。
・アメリカで株が高くなり、不景気の株高現象と読み、6ヶ月先にはアメリカの景気が戻るだろうと判断。

75日 「国民金融公庫 調査月報」に「世に独立開業のタネは尽きず」を発表する(のち「世に『独立開業』のタネは尽きずと改題し『日本脱出のすすめ』に掲載」。

8月2日 「怒れ、消費者」をPHP研究所から刊行。1300円。
8月、台湾の実業家たち40人を連れて訪中し、上海、北京を視察。北京で講演、中国経済のテイクオフの到来を直感し、上海の浦東地区で事務所ビル、北京の中心部に高層マンションを建てる交渉に入る。
日本の景気について「もうそろそろ底だ。年末になったら、株価は恢復に向かうだろう」と新聞や雑誌に書く。(「バブルのあとの物語」)。
 19日  ソ連でのクーデターのため株が暴落したレッドマンデーの日、三菱重工株を買う。
9月 香港と台湾の部下を連れて中国・経済特区のシンセンを見学。
 25日 朝3時「そうだ、香港へ移ることにしよう」と啓示にも似たアイディアが瞬間的にひらめく。       26日 
「SAPIO」誌で「邱永漢の『バブルのあとの物語』商機歯アジアにあり!」を発表する。
10月 
「SAPIO」誌で「バブルの後の物語-お金はご-ろごろ」の連載を始める(平成5年6月24日号まで。)
「近代中小企業」誌で「逆算の人生計画」の連載を始める(平成5年9月号まで)。11月 実業之日本社から「邱永漢ベストシリーズ五十巻」の刊行を始める。
 ・インタビュー談話「こんな時代だから深慮遠望しよう、『お金に不自由しない老後』への道」を発表する。
12月 
20日 新潮社から「旅が好き、食べることはもっと好き」を刊行する。
  21日 実業之日本社から「お金があっても偉くない」を刊行。 
  27日 
PHP研究所から「いま世界経済大変動-地球スケールで時代の先を読む」を刊行する。
・この年、シアトルで26階建てのマンションの建設に着手。
・この年、
ラテラネットワーク社から監修本「台湾 -世界一等旅行」 改訂版が発行される。 


 

11日 「実業の日本」誌で「アジアで一旗」の連載を始める(半年間連載)。

      4日 日本経済新聞夕刊で「金持ちのアキレス腱」の連載を始める(平成31226日まで)。

   「THE21」誌で「この目で見よ」の連載を開始する(平成312月まで)。

   「オール生活」誌で「お金があっても偉くない」の連載を開始する(平成412月号まで2年間)。

  25日 中央公論社から海の向こうが面白い』を刊行する。

  26日 PHP研究所から付加価値論Part2』刊行する。

228日  三笠書房からの監訳本、A・ウィリアムズ著「人生、熱く生きなければ価値がない!」 を刊行する。

3月 日本の株価暴落の時点で日本は九月頃から景気の後退が始まると読み、日立、東芝、富士通の株を買う。講演会でも「9月になったら世界の景気が下降期に入ることが皆さんの目に見えるようになりますよ」と発言する。
・「るんびにい」誌で「豊かな日本人ーもっと素直に喜んでほしい」の連載を始める(5月号まで。のち「日本語がわかれば日本人はわかりやすい」と改題し『日本脱出のすすめ」に掲載)。
  10日 
小学館から『お金いっぱい夢いっぱい』を刊行する(連載時タイトル「ルンルンお金持ち気分」)。
  19日 日本経済新聞社から『お金があって気がきいて』を刊行する。
  20日  日本実業出版社から監修本「財テクは不動産がらみで」を刊行する。

41日  「Voice」春季増刊にインタビュー談話「『翻訳機』としての香港」を「発表する。
  1日 
41日 谷沢永一・渡部昇一対談「5人はなぜ『時代の先』が見えるのか」「邱永漢を読む-三十年以上読者を失望させない『親切きわまる人』」が「ビジネスボイス春季号」に掲載される。
  13日 「週刊ポスト」に インタビュー談話「大暴落の日に私が買った株」を発表する。
     
ダイエー社内誌「P・S」で「隣は何をする人ぞ」の連載を始める

    (平成4年3月号まで。「嫉妬の世の中どう生きる」に収録)。

  25日 光文社から『金儲け・発想の原点』を刊行する。

5月 「プレジデント」誌に インタビュー談話「乱気流の株式相場は終わった-ダウの大幅上伸はないが、半導体関連を柱に堅調な展開に」を発表する。

 ・「中央公論」誌で「書斎は動く」が掲載される。

 ・一年半ぶりに海南島を視察する。 

727日 実業之日本社から『アジアで一旗』(連載時タイトル「NIESが迫る」および「アジアで一旗」)を刊行する。

8月 台湾資本の中国大陸沿岸部への進出状況を調査するため、福建省、広東省一帯を視察する。
914日 
「週刊ポスト」誌にインタビュー談話(「好機到来!」「だから今、私は株を買う」を発表する。

10月 「プレジデント」誌にインタビュー談話「秋相場の主役は半導体関連株だ」を発表する。
 11日  SAPIO」誌にインタビュー談話「いま、私が日立、東芝、富士通、沖電気を買っている本当の理由」をに発表。「バブルのあとの物語」を「SAPIO」に連載(平成56月まで2年10ヶ月間)。
  25日 藤本義一氏との対談が藤本義一編「実業人生論」(ファラオ企画)に掲載される。

11月 台湾でヤオハンのショッピングセンターの建設に着手する。

126日 朝日新聞に「大金持ちと小金持ちの間にさほど違いなし。いきつくところ皆同じ」を発表する。
20日 
朝日新聞に「お金も含めて自らを不安定状態に置くよう常々努めています」を発表する

・ヤオハン代表、和田一夫氏に邱永漢手帳を送る際、「迷いの多い時は原則を守れ」と書く。
・暮から正月にかけ、バンコック経由でベトナム、ホーチンミン市を視察する。

(出典 邱永漢著『
バブルのあとの物語』。同著『日本脱出のすすめ』。同著「人財論」(P189)。同著『旅が好き食べることはもっと好き』(P176))。

 

参考)
3月20日 日銀公定歩合を1%引き上げる。
22日 東証平均株価が3万円を割る。
大蔵省が不動産向け融資の総量規制などの銀行通達を出す。
4月 大蔵省が不動産向け融資の総量規制を発効。
7月 昭和62年の株価暴落時に証券会社が大手顧客に損失補填したことが判明する。
 ☆ アメリカがダウ2,999ドルの高値をつける
*是川銀蔵「いま、『ダウ四万円』を予測する私の論拠」(「プレジデント」7月号)
*8月2日  イランがクウェートに侵攻するイラクによるクウェート占領が始まる
*8月  日銀が公定歩合を0,75%引き上げ6%とする
*10月 東京平均株価が3年7ヶ月ぶりに2万円を割る。住友銀行磯田会長が元支店長の不正融資事件で引責辞任する。

 

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