邱永漢詳細年譜

作家、事業家。邱永漢氏の詳細な年譜。

2019年10月


1月20日 新宿西口朝日生命成人病研究所に入院する。
 ・
日本実業出版社から『社長学入門』(連載時タイトル「経営者の交際術」)を刊行する。
 
求美社が『求美NO18・特集・現代絵画と素朴』を刊行する。

3月 日本実業出版社か邱永漢・新・節税の実際』を刊行する。
4月求美社が『求美NO 19 ・世界絵画市場変動史』を刊行する。

  10日 徳間書店から『新お金の値打ちを刊行する。 
7月 ・求美社が『求美NO20・肉筆浮世絵特集』を刊行する。
  15日 徳間書店から『日本人の堕落』を刊行する
・日本工業新聞で「会社社会」の連載を始める(50年4月まで)。

・台北市で「台湾経済と企業の将来」と題して講演する。
8月20日 日本経済新聞社から『絵の相場』を刊行する。
10月・求美社が『求美NO21・これがオークションだ』を刊行する。

9月15日  徳間書店から日本人の堕落を刊行する。
12月15日 
産業能率短期大学出版部から『邱永漢の海外投資の実際』(連載時のタイトル「海外投資の実際」)を刊行する。
この年(あるいは翌年)、代沢の佐藤栄作邸を訪問。日中航空協定締結のため、日本・台湾間の飛行機の運航が中止されているが、飛行機は台湾に飛ばしてもらいたいと考え、佐藤氏が特使として台湾に行き、台湾側の代表と会ってほしい旨要請する。 

(参考)
 邱永漢著『邱飯店のメニュー』。
同著『海外投資の実際』(のち『国際感覚をみがく法』)

同著『朝は夜より賢い』。同著『失敗のなかにノウハウあり』。同著『鮮度のある人生』


(社会の動き)
4月20日(日本・中国)
日中共同声明を受けて日中航空協定締結
    (日本・台湾)
台湾当局が日本・台湾間の路線停止措置を発し、運行休止。


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2月 
求美社が求美 NO14 ・特集・無所属作家-その意義と作品価値』 を刊行する。

  13日 文藝春秋社池島信平氏が逝去。

 春  「マネジメント」誌で「海外投資の実際」の連載を始める(1年半)。
 4月・
求美社が『求美NO 15・特集 写実画壇結成さる!! 』を刊行する。

  25日 日本能率協会から『成功の法則』(連載時のタイトルは「ビジネス論語」)を刊行する。
5月 生まれ故郷に近い台南県新市郷に邱永漢工業区を設立(台湾で唯一の民間経営の工業団地。)。 

6月1日 東京スポーツ新聞社からこれからの金儲け』を刊行する。
7月1日 求美社が『求美NO16・特集 新しい日本画』を刊行する。

8月 27日 日本経済新聞社から「新ゼイキン報告」を刊行する。

10月 求美社が『求美NO17 ・特集 現代海外作家』を刊行する。

12月暮、「成長力ゼロとおどかされている昭和49年頭は絶好のタイミング」と「工作機械、輸出関連産業、不動産、建設、多国籍企業」を挙げる。 
・ちょうど石油ショックにかかり一年のうち7社も工場を閉鎖し、50の坂が越えられないのではないかといぶかる。


(参考)
 邱永漢著
典『私の金儲け自伝』.同著『海外投資の実際』(のち『国際感覚をみがく法』)。

  同著『変化こそチャンス』。同著『鮮度のある人生』


(社会の動き)
2月(日本)円、変動相場制に完全移行。
7月(台湾)10大建設計計画開始。
10月 (OAPEC諸国)原油価格値上げ。生産・供給制限(第一次石油ショック)
   (日本)トイレット・ペーパーパニック
 


1月3日、日本経済新聞の経済予測で大部分の人がドルショックの影響を深刻に受け止め「4%ぐらい」と予測する中、たいしたことはないと判断し、「成長率は10%ぐらい」という予測する。
  10日『
邱永漢自薦集第7巻「私の株式投資必勝法」』(「もうかりまっか」・「私の株式投資必勝法」)を徳間書店から刊行する。
  ・
求美 社が『求美 NO10 物故作家(日本画)の価値の変遷』を刊行する。
2月10日邱永漢自薦集第5巻『奥様はお料理がお好き』(「食前食後」・「奥様はお料理がお好き」)を徳間書店から刊行する。
  11日台湾国民党副秘書長の林金生氏が来日し2回目の帰台要請を受ける。
  ・嶋中鵬二、安岡章太郎両氏を交え林金生氏と自宅で会食。
  ・台湾から3度目の使者が来日し、「台湾で精神安定剤の役割を果たしてほしい」と頼まれる。
  15日、日本証券新聞社から『株の発想』を刊行する。
3月10日 『邱永漢自薦集第5巻「東洋の思想家たち」(「東洋の思想家たち」・「新説二宮尊徳」)を徳間書店から刊行する。
4月2日 24年ぶりに故国・台湾の土をふむ。100名に及ぶ新聞記者、テレビ記者に囲まれ会見。以後一週間台湾に滞在。。
・故宮 博物館を見学する
・台北高校および東大同窓会の共催による歓迎会に招かれる。
・学生時代の親友、許武勇に招かれる。
・約一週間台湾各地を視察してまわったあと、台北の松山飛行場に新聞記者を集めて台湾についての感想を述べ、日本へ帰ったら、さっそく、台湾経済考察団を組織することを約束する。
4月10日 『
邱永漢自薦集第6巻「金銭読本」』(「金銭読本」・「借金学入門」収録)を徳間書店から刊行。
 ・
求美社が『求美NO 11 ブームのなかの現代日本の版画』を刊行する。
5月10日『邱永漢自薦集第1巻濁水渓」』(「濁水渓」・「密入国者の手記」収録)を徳間書店から刊行する。
23日 昭和45年から2年間にあちこちの雑誌に執筆した作品を集め
「世の中どう変わる」題して日本経済新聞社から刊行する。
6月、台湾へ行く(第2回。小谷正一氏参加)。
 10日
「邱永漢自薦集第5巻食は広州に在り(「食は広州に在り」・「象牙の箸」を収録)を徳間書店から刊行する
 7月 求美社が『求美NO 12・特集海外の現代版画』を刊行する。
7月13日、邱永漢自薦集第3巻オトコをやめる話』(「惜別亭」・「風流漢奸」、「恋の広場」、「田沼学校」、「オトコをやめる話」を収録)を徳間書店から刊行する。
8月 台湾へ行く(第3回。野末陳平氏参加)
9月 台湾へ行く(第4回)。
10月 台湾へ行く(第5回)。
   5日
 金とヒマの研究』を徳間書店から刊行する。
10月 
求美社が『求美NO 13・特集・秋の公募展・見方とその作品価値』を刊行する。
11月 中央公論」誌に「新しい日台間に外交関係はいらない」を発表する(中央公論への掲載はぶり)。
・台湾へ行く(第6回)。
30日 徳間書店から金儲け未来学を刊行する。
・この年、
「マネジメントガイド」で「ビジネス論語」の連載を始める。
「経営者会報」誌に「経営者の交際術」の連載を始める(昭和48年まで)。
45歳になった夫人の要望で台湾からコックを雇う。
香港に持っていた家を売却する。
・この年以降、日本、台湾以外のところへ年2回以上夫婦で旅行すること約束する。
・この年以降、毎年短波放送で、翌年の景気、株式市場の予想を行う。
 
 
(参考)
 邱永漢著『金儲け未来学』。同著『香港の挑戦』。同著『失敗の中にノウハウあり』p72。同著『株が本命』p101)

  (社会の動き)
2月 (米国) ニクソン大統領訪中。上海で米中共同コミュニケ発表。
6月1日 (台湾)蒋経国、行政院長(首相)に就任。
7月 (日本)田中角栄内閣発足。
9月 (中国)田中首相訪中。日中国交正常化の共同声明発表。
   (台湾)対日国交断絶
12月 (日本)台湾に交流協会を開設
   (台湾)日本に亜東関係協会を開設
 


1月 
求美社が 『求美 NO6・特集海外画家の作品価値をどう考える』を刊行する

4月 求美社が 『求美 NO7 彫刻市場の可能性』を刊行する。

・「中央公論経営問題‘71臨時増刊」に「万年不況!何を頼りに生きようか」)を発表 する(のち世の中どう変わるに収録)。

・久しぶりに株を買う気を起こし、30日すぎから新聞の相場欄を見る。
・春、コインランドリーの商売を人に譲る。 

5月「週刊現代」に「私の金儲け自伝」の連載を始める(8月まで)。
  「サンデー毎日」誌 で、小島政二郎、小島視英子両氏と座談。

610日 日本実業出版社から『邱永漢・もうけ話』を刊行する(ホンダの本田宗一郎、ブリジストンタイヤの石橋正二郎、スパーダイエーの中内功、来島ドックの坪内寿夫、マザック旋盤、山崎鉄工所の山崎照幸、森ビルの森案吉郎、ムトウの武藤鉄司、川島紡績の川島勘市、日動画商の長谷川仁、日本ヴォーグの瀬戸忠信、手塚式ゴミ処理プラントの手塚国利、ヒグチ・チェーンの樋口俊夫、手芸糸ハマナカの浜中利基、ハンドラベラーの佐藤陽、、熱帯魚日本一になった学友の竹腰宏、以上15名の方々の起業ものがたちを描写)。

 11日 東京スポーツ新聞社から『邱永漢の金儲け相談室』を刊行する(「事業」、「家計」、「株」、「不動産」の4種類別の「相談室」構成で、「事業相談室」は《三菱自動車の販売店へのPR誌「ダイア通信」で店主を対象に執筆した作品》、「家計相談室」は《「マダム」に執筆一家の財産経営に関する作品》。「株式相談室」は《第一製薬の機関紙「メジカル・ニュース」に連載した作品》、「不動産相談室」は《建設業者向けの雑誌「ハウジング」に連載した作品》の各作品収録)
・日本経済新聞の夕刊「知恵袋」欄に7、8年ぶりに株の話を書く。
・日本証券新聞で弱気を吐く。
7月・ 
求美社が『求美 NO8・19世紀絵画の市場と将来性』を刊行する。

  19日、日本経済新聞社から『銀行とつきあう法』刊行する。
・円切り下げが近づいたら株は買えないと考え、大阪での講演で「株は全部売りなさい」と述べる。

816日、米大統領ニクソンのドル防衛声明(10%の輸入課徴金)で日本の株式市場大暴落。朝日新聞社から「これからの日本経済はどうなるだろうか」と電話でインタビューを受け、「現金を持っていたのではダメ。これからは収入のある形態の不動産投資をやるのがいいだろう」と答える。
・「ニクソンの10%の課徴金の発表は実質的な円の切り上げであるが、対米輸出で日本と競争関係にある台湾、韓国、香港その他の諸国も同じようにされる点で円切り上げよりも日本にとって有利で、この程度のハンディなら、日本の企業はそう大した打撃を受けることにはならない。ダウ平均2千百円か2百円台なら買える株があるのではないか」と考え、雑誌にこれから買える株について銘柄を挙げ値段も書き、自分も買う。

928日 円の相場制が実施され株の暴落を予感し、その翌日株式市場が更に暴落をして書いたものが週刊誌に載り、自分の見通しの悪さを広告することになるのではないかと寝苦しい一晩を送る。
 29日 、株の相場は暴落どころか、逆に少しばかり高めに終わり、各界の指標銘柄としてあげた8銘柄のうち、大隈鉄工を除いた東亜港湾、富士写真、資生堂、東陶、大福機工、立石電機、東急不動産はいずれも値上がりを見せ、相場感覚はまだ衰えていないかのような動きになる。

10月 日本証券新聞で「株式投資の実際」の連載を始める(11月まで)。

 10日、徳間書店から『邱永漢自選集第8巻「私の金儲け自伝」』(「私の金儲け自伝」・「日本天国論」を収録)、『邱永漢自選集第2巻『香港・刺竹』」を刊行する。
・「金儲け未来学」を邱永漢自選集各巻の月報に連載(昭和47年7月まで)。
求美社が『求美 NO9』を刊行する。
 26日、国民政府が国連を脱退。アメリカが蒋介石に「二つの中国」を持ちかけたが、大陸反攻の夢から醒めやらない蒋介石がそれを拒否したためで、「二つの中国」なら南北朝鮮の形が考えらたが、「一つの中国」では台湾の独立は少なくとも自分が生きている間にはあり得ないと判断する。

1210日 徳間書店から『邱永漢自選集「4巻サムライ日本」』を刊行する(「サムライ日本」・「キチガイ日本」を収録)。

・年末、台湾国民政府の使者が来日し、台湾への帰国の要請を受ける。
・来年の経済予想は円切り上げになれば株価が下がるだろうというのが大方の経済専門家の考えであったが、株価は悪い材料を織り込んでいるからむしろ高くなると考え、47年いっぱいかけ3200円になろうと発言。
・この年、アメリカが蒋介石に「二つの中国」を持ちかけたところ、大陸反抗の夢覚めやらず、国民政府が国連を脱退したのを見て、「台湾独立のチャンスはもうない」と 判断する(*)。

・渋谷ビジネスホテルを開業する(要・時期確認)。
・渋谷の公園通りでマンションを購入する。
・車をベンツからロールス・ロイスに変える。
 
  
(参考)
邱永漢著 『
世の中どう変る』。(*)同著『中国株は成長株の時代』(p120〜121)

(社会の動き) 
4月(台湾)
楠梓(高雄市)、台中輸出加工区完成。 
7月 (米国)キッシンジャー大統領補佐官、秘密裏に訪中。
8月 (米国)ニクソン大統領、ドル防衛策発表。
10月 (中国)国連に加盟。
   (台湾)国連を脱退。 


 
1月 
求美社が『求美NO2 新春号 特集:牛島憲之 福島コレクション』を刊行する。
4月  求美社が『求美NO3』を刊行する。

5月29日、「サラリーマン出門」を日本経済新聞社から刊行する。
 日本経済新聞で「銀行とつきあう法」の連載を始める(昭和46年まで)。

6「東京スポーツ」に「これからの金儲け」の連載を始める(483月まで)。

7月 株式投資から遠ざかっていたが「日本経済新聞夕刊」の「知恵袋」欄で「これからの株式投資」を連載を始める(9月まで。のち「株の体験」と題し徳間書店から刊行)。
 
・ 求美社が『求美NO4』を刊行する。

8月5日 、昭和42年から新聞、雑誌に執筆してきた作品を集めた「お金の値打ち」を徳間書店から刊行。

9「自由」誌に「アジア人と日本人-アジアの憎まれ役」を発表する。

10月 日本証券新聞」で「株式投資の実際」の連載を始める「(46年11月まで。のち日本経済新聞社から「株の発想」として刊行)。
求美社が『求美NO 5・特集人気作家その条件・版画の買い方見分け方』を刊行する。

・作家、三島由紀夫氏が自著『暁の寺』とロイヤル・サルートを携え、自宅を訪問。外出のため会えず。

1125日 公演先の米沢で三島由紀夫氏の割腹自殺を知る。

1225日 株の体験を徳間書店から刊行する(のち邱永漢ベスト・シリーズに収録する)。

・翌年に全集を発刊するため、昔書いた小説を読み返す。

・この年頃、井原隆一、高島陽長谷川慶太郎を含めた四人会(月一回の割での早朝懇談会)を開くことにし、当番の時は自宅で中華料理を提供する(出典『日経ビジネス』の「交遊アラカルト」1980年5月5日号)。


 (参考)
 邱永漢著『貧からず 富に溺れず』。
 

(社会の動き)

1月8日 米国の対日投資規制で,東証株価,開所以来の大暴落。
314日 日本万国博,大阪で開幕 。一般公開は3月15日から。
31日 八幡,富士合併で「新日本製鉄」発足。
46日 東証旧ダウ2,534.45円と史上最高記録。
10日 新経済社会発展計画('70  '75年度)答申,年率10.6%の成長率
519東証旧ダウ 2,000円台割る。
622日 繊維対米輸出規制問題の日米交渉決裂。
714日 6月の卸売物価,23カ月ぶり前月比 0.4%下落。
8月 長期好況のいざなぎ景気が終息。
8日 第3次資本自由化 323業種選定。
925日 政府が私鉄運賃23%値上げ決定。
1028日 公定歩合0.25%引下げ,金融緩和へ。
1223日 公正取引委員会はカラーテレビ価格問題で,メーカーへの値下げ指導を通産省に要請

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