2019年11月

 

1月 正月、南アフリカへ旅行。本拠を香港に移し、コンベンション・プラザのアパートに住む。
・「
THE21」誌で「太平洋は地中海」 の連載を始める(946月号まで)。

「プレジデント」誌でインタビュー談話「世間が総弱気になればUターンするとみてよい」、「今はほかのことは何も考えずに貯金を下ろしてきて株を買うときです」を発表する。

・「オール生活」誌で「足りない、足りない人手が足りない」の連載を始める(平成56月まで)

23日 日本経済新聞社から金持ちのアキレス腱を刊行する

215日 中央公論社から『嫉妬の世の中どう生きる』を刊行する。

3月 『文藝春秋』誌にだから私は香港に移住したを発表する(のちに『日本脱出のすすめ』に収録)。シアトル滞在中に日本のダウが2万円を割り込んだことを知る。
21日 
実業之日本社から「邱永漢ベストシリ-ズ8」、『いま、波に乗る財産づくり-小さなお金で大きな望みを刊行する。
4月 「Agora」誌で「電卓と二人連れ」の連載を始める(94年4月まで)。

・「新型老人見つけた」をダイエー社内報「月間PS」に発表(平成4年3月号まで)。
・台湾の実業家
102名を連れ中国に行き、上海、天津、北京を視察。日本の実業家80名を連れ、上海、天津、北京を視察。(日本からの第1回中国投資考察旅行)。

5月 「日本の景気恢復は一年遅れるであろう」と当初の予測を訂正する。
612 日 
「週刊ポスト」が日本の実業家を連れた中国投資視察旅行の風景を伝える記事を「邱永漢中国で10倍儲ける」と題して掲載する。

19日 「週刊ポスト」が「上海につづいて天津保税区で2万平方メートル倉庫を経営する」を掲載する 。

7月 『実業の日本』に「日本にいてはアジアが見えない」を発表する(のちに「日本脱出のすすめ」に収録)。
9日 SAPIO』に「ビジネスマン諸君、ボーナスも少ないかもしれないが株も安い」を発表する。

8月 日本の事業家、投資家を連れ第2回中国投資旅行で上海、天津、北京を視察する。

93日 PHP研究所から『人財論-お金儲け、次の着眼点はこれだ』を刊行する。
・台湾の実業家
80人を連れ四川省の成都、重慶、宣昌、武漢を視察。合肥市長の鐘氏から、武漢に向かう観光船の中で合肥市の投資説明会を受ける。

10  25日、グラフ社から『生きている意味』を刊行する
『プレジデント』誌でインタビュー記事「株は自分のお金で買うのが原則。たとえ下がっても自分だけ我慢すればよい」を発表する。

11月 『婦人公論』誌で 「香港発・娘への手紙」の 連載を始める(1994年4月まで)。
『中央公論』で「中国人と日本人」の連載を始める(19931月および3月も)。

12月 Next』誌で「中国経済は『あと10年で10倍』の規模になる」を発表する(のち『日本脱出のすすめ』に収録)。
 28日、成都に入り、成都市とショッピング・モール建設のため成都の紅星路に4千坪の土地を買う契約を結ぶ。
・この年、ゴルフをおぼえる。
成都にショッピング・センターをつくりキイ・テナントとして、イトーヨーカ堂を誘致(要確認)

・この年エッセイを掲載する『思い思いのホテル思い―各界著名人のホテル・エッセイ― 』を社団法人日本ホテル協会が刊行する。

 (出典 邱永漢著『バブルの後の物語』。同著『日本脱出のすすめ』)

(社会の動き)

1月 鄧小平がシンセン、珠海の視察を終え、上海で「南巡講話」を発表。
3月 経済企画庁「景気後退」を宣言。 東証平均株価2万円を割る。

7月 香港政庁総督にパッテン就任。

8月 東証平均株価14,309円41銭を記録する。
14日、政府107000億円の総合経済対策を決定。大蔵省、金融システム安定のための緊急対策を発表。

107日、パッテン総督「次なる5年」と題する施政方針演説。民主化促進のための選挙制度改革案を提案。12日中国第14回大会。江沢民・李鵬体制を追認。 

 


1月「日本の不景気はもう始まっている」と繰り返し警告する。
・「人財論」を「NEXT」に連載(平成4年8月号まで)。
・18日 インタビュー談話「これからの金儲けは香港で読め」を「週刊ポスト」に発表。
2月22日 「企業家誕生-40歳からでは遅すぎる」をPHP研究所から刊行する。1300円。
3月 インタビュー談話「アメリカは大不況へ向かう-今度の不況を境に世界経済の“アメリカ離れ”が進む」を「Voice」に発表。
15日 ◆ヤオハン・インターナショナル代表和田一夫との対談「香港マグドナルドの浸透力にヒントあり」を「週刊ポスト」に発表。22日 ◆世界で初めて心臓外科手術を行い、スイス・レマン湖畔で若返りの治療を行っているバーナード・クリスチャンとの対談「ニッポン高齢化社会のいまこそ求められる『老いの贅沢』」を「週刊ポスト」に発表。
41日 「アジアの“脱アメリカ”が進む」を「ビジネスボイス春季号」に発表。
  15日 エッセンス本「邱永漢経済学のエッセンス」をグラフ社から刊行する。
6月 「みんな年をとる」を「スポーツニッポン」に連載(平成5年2月まで)。
・アメリカで株が高くなり、不景気の株高現象と読み、6ヶ月先にはアメリカの景気が戻るだろうと判断。

75日 「国民金融公庫 調査月報」に「世に独立開業のタネは尽きず」を発表する(のち「世に『独立開業』のタネは尽きずと改題し『日本脱出のすすめ』に掲載」。

8月2日 「怒れ、消費者」をPHP研究所から刊行。1300円。
8月、台湾の実業家たち40人を連れて訪中し、上海、北京を視察。北京で講演、中国経済のテイクオフの到来を直感し、上海の浦東地区で事務所ビル、北京の中心部に高層マンションを建てる交渉に入る。
日本の景気について「もうそろそろ底だ。年末になったら、株価は恢復に向かうだろう」と新聞や雑誌に書く。(「バブルのあとの物語」)。
 19日  ソ連でのクーデターのため株が暴落したレッドマンデーの日、三菱重工株を買う。
9月 香港と台湾の部下を連れて中国・経済特区のシンセンを見学。
 25日 朝3時「そうだ、香港へ移ることにしよう」と啓示にも似たアイディアが瞬間的にひらめく。       26日 
「SAPIO」誌で「邱永漢の『バブルのあとの物語』商機歯アジアにあり!」を発表する。
10月 
「SAPIO」誌で「バブルの後の物語-お金はご-ろごろ」の連載を始める(平成5年6月24日号まで。)
「近代中小企業」誌で「逆算の人生計画」の連載を始める(平成5年9月号まで)。11月 実業之日本社から「邱永漢ベストシリーズ五十巻」の刊行を始める。
 ・インタビュー談話「こんな時代だから深慮遠望しよう、『お金に不自由しない老後』への道」を発表する。
12月 
20日 新潮社から「旅が好き、食べることはもっと好き」を刊行する。
  21日 実業之日本社から「お金があっても偉くない」を刊行。 
  27日 
PHP研究所から「いま世界経済大変動-地球スケールで時代の先を読む」を刊行する。
・この年、シアトルで26階建てのマンションの建設に着手。
・この年、
ラテラネットワーク社から監修本「台湾 -世界一等旅行」 改訂版が発行される。 


 

11日 「実業の日本」誌で「アジアで一旗」の連載を始める(半年間連載)。

      4日 日本経済新聞夕刊で「金持ちのアキレス腱」の連載を始める(平成31226日まで)。

   「THE21」誌で「この目で見よ」の連載を開始する(平成312月まで)。

   「オール生活」誌で「お金があっても偉くない」の連載を開始する(平成412月号まで2年間)。

  25日 中央公論社から海の向こうが面白い』を刊行する。

  26日 PHP研究所から付加価値論Part2』刊行する。

228日  三笠書房からの監訳本、A・ウィリアムズ著「人生、熱く生きなければ価値がない!」 を刊行する。

3月 日本の株価暴落の時点で日本は九月頃から景気の後退が始まると読み、日立、東芝、富士通の株を買う。講演会でも「9月になったら世界の景気が下降期に入ることが皆さんの目に見えるようになりますよ」と発言する。
・「るんびにい」誌で「豊かな日本人ーもっと素直に喜んでほしい」の連載を始める(5月号まで。のち「日本語がわかれば日本人はわかりやすい」と改題し『日本脱出のすすめ」に掲載)。
  10日 
小学館から『お金いっぱい夢いっぱい』を刊行する(連載時タイトル「ルンルンお金持ち気分」)。
  19日 日本経済新聞社から『お金があって気がきいて』を刊行する。
  20日  日本実業出版社から監修本「財テクは不動産がらみで」を刊行する。

41日  「Voice」春季増刊にインタビュー談話「『翻訳機』としての香港」を「発表する。
  1日 
41日 谷沢永一・渡部昇一対談「5人はなぜ『時代の先』が見えるのか」「邱永漢を読む-三十年以上読者を失望させない『親切きわまる人』」が「ビジネスボイス春季号」に掲載される。
  13日 「週刊ポスト」に インタビュー談話「大暴落の日に私が買った株」を発表する。
     
ダイエー社内誌「P・S」で「隣は何をする人ぞ」の連載を始める

    (平成4年3月号まで。「嫉妬の世の中どう生きる」に収録)。

  25日 光文社から『金儲け・発想の原点』を刊行する。

5月 「プレジデント」誌に インタビュー談話「乱気流の株式相場は終わった-ダウの大幅上伸はないが、半導体関連を柱に堅調な展開に」を発表する。

 ・「中央公論」誌で「書斎は動く」が掲載される。

 ・一年半ぶりに海南島を視察する。 

727日 実業之日本社から『アジアで一旗』(連載時タイトル「NIESが迫る」および「アジアで一旗」)を刊行する。

8月 台湾資本の中国大陸沿岸部への進出状況を調査するため、福建省、広東省一帯を視察する。
914日 
「週刊ポスト」誌にインタビュー談話(「好機到来!」「だから今、私は株を買う」を発表する。

10月 「プレジデント」誌にインタビュー談話「秋相場の主役は半導体関連株だ」を発表する。
 11日  SAPIO」誌にインタビュー談話「いま、私が日立、東芝、富士通、沖電気を買っている本当の理由」をに発表。「バブルのあとの物語」を「SAPIO」に連載(平成56月まで2年10ヶ月間)。
  25日 藤本義一氏との対談が藤本義一編「実業人生論」(ファラオ企画)に掲載される。

11月 台湾でヤオハンのショッピングセンターの建設に着手する。

126日 朝日新聞に「大金持ちと小金持ちの間にさほど違いなし。いきつくところ皆同じ」を発表する。
20日 
朝日新聞に「お金も含めて自らを不安定状態に置くよう常々努めています」を発表する

・ヤオハン代表、和田一夫氏に邱永漢手帳を送る際、「迷いの多い時は原則を守れ」と書く。
・暮から正月にかけ、バンコック経由でベトナム、ホーチンミン市を視察する。

(出典 邱永漢著『
バブルのあとの物語』。同著『日本脱出のすすめ』。同著「人財論」(P189)。同著『旅が好き食べることはもっと好き』(P176))。

 

参考)
3月20日 日銀公定歩合を1%引き上げる。
22日 東証平均株価が3万円を割る。
大蔵省が不動産向け融資の総量規制などの銀行通達を出す。
4月 大蔵省が不動産向け融資の総量規制を発効。
7月 昭和62年の株価暴落時に証券会社が大手顧客に損失補填したことが判明する。
 ☆ アメリカがダウ2,999ドルの高値をつける
*是川銀蔵「いま、『ダウ四万円』を予測する私の論拠」(「プレジデント」7月号)
*8月2日  イランがクウェートに侵攻するイラクによるクウェート占領が始まる
*8月  日銀が公定歩合を0,75%引き上げ6%とする
*10月 東京平均株価が3年7ヶ月ぶりに2万円を割る。住友銀行磯田会長が元支店長の不正融資事件で引責辞任する。

 


1
月 前年暮から正月にかけ中国の海南島、広州、桂林を視察。桂林の漓江下りの船の中で「あと十二年生き、77歳で死ぬことにしよう」と決める。
・「週刊ポスト」誌
1613日号にインタビュー談話「香港の不動産とタイの株を狙え」が掲載される。
・「週刊現代」誌
1714日号がインタビュー談話「株・不動産儲けるコツ」が掲載される。
「おカネ’89」誌に松本享氏と対談が掲載される。

月間「宝石」誌で「金儲け・発想の原点」の連載を始める(平成23月号まで)。

「週刊ポスト」誌で「アジアの風」の連載を始める(8月まで)。

「エイビーロード」誌で「旅が好き、食べることはもっと好き」の連載を始める(平成312月号まで)。

 26日、PHP研究所から『付加価値論Part1刊行する。

2月「Voice」誌で唐津一と対談「財テクと製造業-稼ぐばかりでカネの使い方を知らない人々への教訓」を発表する。
・「ダイヤモンド・エグゼクティブ」誌で竹内宏氏との対談「90年代を読む! どうなる世界経済と日本、どうなる暮らしとビジネス」を発表する。
 20日 青人社から『株は魔術師』刊行する。

315日 徳間書店から文庫版『いま、波に乗る財産づくり-小さなお金で大きな望み』刊行する。
  20日  日本実業出版社から監修本『これからの家と土地』刊行する。

  4月 「ドリブ」誌で40歳からでは遅すぎる」の連載を始める(。平成33月号まで)。
  15日  ラテラ・ネットワークから監修本『世界一等旅行3 タイ タイの素顔は予想外です』嵐山光三郎、カノミタカコとの鼎談収録)を刊行する。
  17日 PHP研究所から文庫版『途中下車でも生きられる』を刊行する。

5月 「中央公論」「全国にばらまくのでなく留学生に使え」を発表する。
・ヨーロッパに旅行する
「Voice」6月号にインタビュー談話「社会党政権もやむなし-保守政治をいっぺん清算したほうが日本はとくなる」をに発表する。

6月4日 中経出版から『邱永漢のシルバーグレーの金浅学』を刊行。
  25日 ラテラ・ネットワークから監修本『世界一等旅行4 シンガポール・マレーシア 高くない料金で贅沢を味わう本』(影山民雄、山崎朋子との鼎談収録)を刊行する。
 ・アメリカ不動産投資視察旅行実施(バンクーバー、シアトル、ロスアンゼルスを視察。帰途ハワイ立ち寄り)。ハワイでモアナホテル(小佐野賢治所有)とアラモナホテル(渡辺喜太郎所有)がメディア・ファイブのデザインで、豪華ホテルに一新していることを知り驚く。

720日 ラテラ・ネットワークから監修本『世界一等旅行5 韓国 高くない料金で贅沢を味わう本』 ( 関川夏央・黒田福美との鼎談収録)を刊行する。

8月 「Voice」誌に「中国よ台湾に学べ」を発表する。
 ・「プレジデント」誌にインタビュー談話「アジアNIESと『中国の思想』」を発表する。
 23日 講談社から
『ゼイキン息災学』刊行する。

914日 「SAPIO」誌でインタビュー談話記事、「今から考えておくべき『老後を上手に生きるインフレ克服の金儲け』-『シルバーグレーの金銭学』」を発表する。
  16日 PHP研究所からPHP文庫版『子育てはお金の教育から』(解説 邱世嬪(きゅうえいひん)氏)を刊行する。

10月 「中央公論」誌に「消費税は残念ながら間違いだ」を「発表する(のち『嫉妬の世の中どう生き』に収録)。
 ・
「韓国経済新聞」に「ブロック化の中でNISEはどう生きる」を発表する(「日本脱出のすすめ」に収録)。
 20日 実業之日本社から『死ぬまで現役』刊行する。
 ・
「スポーツニッポン」紙で「怒れ、消費者」の連載を開始する(平成3年6月まで)。

113日 「週刊ポスト」誌にインタビュー談話「“アジアの世紀”にお金とヒトの流れはこう変る」を発表する。
 6日  PHP研究所から
『金遊・人遊-お金あまり・時間あまり時代の40の視点』を刊行する( 連載時タイトル「お金があまる、時間があまる」)。

 20日 小学館から『アジアの風』を刊行する。
11月28日29日 日本経済新聞社の「関西の挑戦」に「大阪救えぬ大阪商人・大阪にこだわるな・大阪人世界をめざせ」を発表する(のちに「関西人は海外進出のパイ大ニア」と改題して『日本脱出のすすめ』に掲載)。 

・この年、台湾でゴルフ場建設申請に正式の許可がおりる。

 

(出典 邱永漢著『私は77歳で死にたい―逆算の人生計画』(19939月)p1928。『海の向うが面白い』(1990年1月刊)p139。p178183。)

(社会の動き)
*1月、天皇陛下逝去。平成の時代が始まる。
*1月、ブッシュ政権発足。
*4月、日本政府、税率3%の消費税を実施。(日本初の大型間接税)
*4月、リクルート事件
*4月15日。胡耀邦死去。以後、民主化を求める学生運動始まり、香港でも多数の市民がこれに呼応。
*5月31日、日本銀行、公定歩合、0.75%を引き上げ3.25%に(9年ぶりに引き上げ)
*6月4日、中国で民主化運動を弾圧する天安門事件が勃発する。死者多数発生する。趙紫陽失脚。後任に江沢民。先進各国が対中経済制裁措置をとる。
6月5日 天安門事件により5月15日に3309.54であった香港のハンセン指標が2093.61まで36、74%の下落する

*10月、日本銀行、公定歩合を1.5%引き上げ、3.75%へ。
*11月、ベルリンの壁が事実上崩壊。
*12月、日本銀行、公定歩合を0.5%引き上げ、4.25%へ
(日本)年末ダウ3万八千九百十五円を記録。

(米国)大不況におちいる。 

 

15日PHP 研究所から『お金持ち気分で海外旅行-ケチケチするな、バカ見るな』を刊行する。
・10日 「週刊現代」誌で是川銀蔵と対談「マル優廃止、3月好業績いよいよ新日鉄と富士通が狙い目だ」を発表する。

・10日「週刊ポスト」誌でインタビュー談話「お金が余り、時間が余る-これからの仕事は、昔のように物をつくる仕事ではない。頭で考えて付加価値の部分をどうやって時代にマッチさせるか、これが商売繁盛の決め手になる」を発表。
「Touch」誌でインタビュー談話「88年の決めてはNIES(香港とタイ)の株と不動産」を発表する。
「道新Today」で「財テク事始め」を連載sる(12月まで)。
「Bing」誌で「仕事師は仕事を選ぶ」を連載する(8月まで)。

2月 「オール生活」誌で「死ぬまで現役」の連載を始める(平成元年10月号まで)。
・「スポーツニッポン」で「お金があまる、時間があまる」を連載を始める(平成元年9月まで)。
・「プレジデント」誌で伊丹十三との対談「『マルサの女』の監督と『お金の神様』が明かす脱税の実際」を発表する(『くたばれ!税金」に収録)

・10日 毎日新聞社から邱永漢の金持ちニッポン論』を刊行する。

3月 「プレジデント」誌でインタビュー談話「今、住まいと不動産を考える」を発表する。(要確認)

・11日 講談社から『国富論現代の読み方』を刊行する。
15日 
リクルート出版から「生き残る道を探せ-変化に適応できれば不景気知らず」を刊行する。

3月 ダイエー社内報「ピー・エス」で「お金があって気がきいて」の連載を始める(平成2年まで)。

4月16日「週刊現代」4月16日号で 深田祐介との対談を発表する(①「台湾を制する者はアジアを制す」(深田祐介著「新日本人事情」《講談社刊》に収録)。

「週刊現代」4月23日号で深田祐介との対談 ②「日本人の純血主義は通用しない」を発表する(深田祐介著「新日本人事情」《講談社刊》に収録)。

5月 「Will」誌で竹村建一、長谷川慶太郎との鼎談「なぜ東京の可能性はすごいか」を発表する。台湾で「都市生活股分有限公司」を設立し桃園市でショッピングモールの建設に着手する。
6月 アメリカの投資視察旅行でバンクーバー、シアトル、ロスアンゼルスを視察。帰途ハワイに立ち寄る。
10日 毎日新聞社から『金持ちへの早道』を観光する(連載時タイトル「邱永漢のジャパニーズ・ドリーム」)を刊行する。
10日 「週刊ポスト」誌でソニー社長大賀典夫氏へのインタビュー「2500億円CBSレコードはやすい買い物だった」を発表する。
17日 
「週刊ポスト」誌で大日本インキ化学社長川村茂邦氏へのインタビュー「米大企業“連続買い”の成算」を発表する。
・24日 
「週刊ポスト」住友ゴム社長桂田鎮男氏へのインタビュー「米英独仏のダンロップ買収はなぜうまくいったのか」を発表。
7月 「NEXT」誌で「ゼイキン息災学」の連載を始める(平成元年8月まで)。

8月20日

「セブンシ-ズ」雑誌で「海の向こうが面白い」の連載を始める(平成元年1月まで)。
20日 
実業之日本社から株が本命』を刊行する。

9月】10日 小学館から『世界で稼ぐ』を刊行する(連載時タイトル「円の資本論」)。
「ビッグマン」誌で「NIESが迫る」の連載を始める(「ビッグマン」。平成元年8月まで)。
・「ルンルンお金持ち気分」を連載(「女性セブン」。平成元年8月)。
・12日 初めて中国を訪れ、中国政治協商業会議副主席(元経済担当の副総理)谷牧氏と人民大会堂で会談。つづいて「中国全国青年連合会」所属の青年経営者、120人に対して講演。
・東京に帰り、かねてからすすめていた香港のビル買収を長男に指示。
・16日 「週刊ポスト」誌でインタビュー談話「不動産は買い、株は要注意―“アメリカ”の買い時、売り時」を発表する。
10月15日「文藝春秋」誌で「Mr.マネーがみた江副・中瀬古」(のち「お金のないふりをするのが一番」と題して「嫉妬の世の中どう生きる」に収録)をに発表。
19日 ラテラ・ネットワークから監修本「世界一等旅行1 香港」(小倉エ-ジ・山口文憲との鼎談を収録を刊行する。
3日 西武タイムから対談集「邱永漢と語るマネー人生観」(米長邦雄、佐藤愛子、山城新伍、是川銀蔵、金田正一、小林茂、伊丹十三、塩田丸男、阿部譲治、千昌夫の各氏との対談収録)を刊行する。
28日 
「週刊ポスト」誌で谷牧との対談「邱永漢が谷牧・中国元副総理に金儲け指南」を発表する。

11月 「Will」誌で「邱永漢のアメリカ投資実践講座」と題して、 佐野吉弘と対談「米国企業の上手な買収ノウハウ」、  鈴木豊との対談「知っておきたい税法の違い」、内藤俊一との対談「失敗しない不動産の買い方」を発表する
・4日 
「週刊ポスト」誌に中国での講演記事「中国の青年社長120人が邱永漢に『商売の秘訣』を質問攻め」が掲載される。
10日リクルート出版から『仕事師は仕事を選ぶ』を刊行する。
プレジデント社から伊丹十三、阿部譲二らとの共著くたばれ!税金-サラリーマンが『酷税』から身を守る法』を刊行する。

12月「コリドー」誌で「お金がパスポート」の連載を始める(平成元年12月15日号まで)。

 
(出典 邱永漢著『電卓と二人連れ』。) 

(社会の動き)
1月 東京外為市場1ドル=120円45銭(昭和60年9月の1ドル=240円台に比べドルの価値は半減=円の価値は倍増)(“円高不況”)。
1日、台湾で新聞の新規発行禁止を解除。
13日、台湾の蒋経国が他界、李登輝が総統に就任。
3月 本田技研工業のオハイオ工場がアコードを初出荷。
5月、トロントで第14回サミット

7月6日、リクルートコスモス未公開株譲渡問題で中曽根前首相、安部自民党幹事長、宮沢蔵相の各秘書が関係していたことが明るみになり、江副リクルート会長が引責辞任する。
7月8日 李登輝が国民党主席に就任。
8月、イラン、イラク戦争休戦
12月 リクルートコスモス未公開株譲渡問題で宮沢副総理・蔵相、真藤NTT会長らが辞任。
・ 東証、初めて3万円台に乗る。

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