1月 正月、ニュウジーランドとオーストラリアを旅する。
「問題小説」誌で「小さなお金で大きな望み」の連載を始める(昭和62年8月まで)。
「Will」誌「メシの食える研究所」17回に西沢潤一と対談「独創技術でメシを食う法」を掲載する。

「マンガ 今、金持ちになる法」(マンガ和田純一)を刊行(20日。青人社。980円)。
2月17日 
日本経済新聞社から「Qブックス」第23巻として「金とヒマの研究」を刊行する。
「実業の日本臨時増刊 1000万円の研究」に「一千万円抱いて見る一億円の夢」(のち「若気の至りも四十まで」に収録)を発表する。
「読売家庭経済新聞」で「おカネ八目」の連載を始める(昭和62年8月まで)。

3月「NEXT」誌で「国富論=現代の読み方」の連載を始める(昭和62年7月号まで)。

4月 「オール生活」誌で「不動産が一番」の連載を始める(昭和63年1月号まで)。
「週刊ポスト」誌で「 株の目 事業の目」の連載を始める(12月まで)。
4月1日 
中央公論社から『若気の至りも四十迄』を刊行する。
15日 
グラフ社から「失敗の中にノウハウあり」を刊行する。 
17日 講談社から対談集『花の中年お金の分別』(井原隆一、大宅映子、八木大介、佐藤暢夫、金谷千都子、今井森夫、富子勝久、安田二郎、青野忠男、杉哲男、市岡四象、高島陽の各氏との対談)を刊行(1する。
17日 日本経済新聞から「お金も人もまっしぐら-借りて運んで楽しんで」(連載時タイトル「借りて運んで楽しんで」)を刊行する。
4月、アメリカ投資視察団を組織し、5年ぶりにアメリカのロス、アトランタ、ニューヨークを視察旅行する。(「株の目事業の目」P64から71)。

5月 1983(昭和58)年に投資したカリフォルニア州のオレンジ・カウンティでの小型ショッピング・センターが3年たったので不動産を処分しようという意見が出る。
27日 
PHP研究所から 『斜陽のあと陽はまた昇る』を 刊行する。
30日
「週刊ポスト」誌でサンフランシスコでのハワード・ラフ(「財を築く」の著者)との対談を発表する。

6月 連載「不動産が一番」で「都心部のマンションは今が買い時」と発表したが。その時点で東京のマンションが大暴騰する。 
8日 
実業之日本社から『変わる世の中 変わらぬ鉄則』を刊行する。

16日『私の金儲け自伝』のPHP文庫版を刊行する(解説:渡部昇一)。
23日
日本経済新聞社から「 Qブックス」第24巻 『子育てはお金の教育から』を刊行する。
・「
Will」誌で是川銀蔵氏との対談「ご用心!歴史的大相場のつかみ方」を発表する。
この対談の中で「いずれ1ドル100円になるだろう」と発言する。(「世界で稼ぐ」p174)。

7月7日 西武タイムから対談集「こんなに違う金銭感覚」を刊行する。
「カム・ツー・アメリカ」に「日本人のアメリカ投資は上昇気運に乗っている」を発表する。 
20日 グラフ社から『家計と借金の法則』主婦之友社 「デイム」創刊号から2年間連載、連載時タイトル「女の貸借対照法表」)を刊行する。

9月4日 PHP研究所から『途中下車でも生きられる』を刊行する
1986年(昭和61年)                                    

10月 10日 「サンデー毎日臨増・40歳からの生活設計」で深田祐介との対談「21世紀へ・生き甲斐と安心に挑戦-退職金は定年後の生活費の『3分の1』しかない」を発表する。

「ビッグマン」誌で「損をしないで株とつきあう法」を発表する。
ひろば社、「投資情報」誌で「ベンチャーで一山」の連載を始める(86年3月号まで)。
・「
主婦の友」誌に「株は修行の道場、もうけは我慢の代償」を発表する。

11月 実業之日本社から「邱永漢の実務手帳」を刊行する。

 21日 日本経済新聞社から「 Qブックス」第25巻『変化こそチャンス』を刊行する。

12月「Voice」雑誌で 読売新聞文化部記者中田浩二によるインタビューへの談話「日本の繁栄はあと50年はつづく-過去の常識は捨て新しい現象を師とする哲学を」を発表する。
29日PHP研究所から『株の目 事業の目』を刊行する
・この年、秋口、東京渋谷の家を建てなおすためにマンションに引越す。台湾で環宇投資国際公司(
Cosmos Development  Administration Corporation)を設立し、ボーイング社の城下町、シアトルでマンション建設に着手する。「永漢国際学院」を開設。

・暮れから正月にかけボルネオ島に旅行(「死ぬまで現役」)
(出典  邱永漢著『
世界で稼ぐ』。同『一家に一台火の車』)